BUNちゃん先生日記より
おいらの評価はどうでもいいさ
精神的に若い時は、他人や出来事を評価しているだけの生活をしがちだ。「あの人はこうだよね」「この出来事はこうなんだ」でも、どんなに評価しようとも、自分が何かをしている訳ではないので評価の対象にはなりえない。「ところで、君はいったい何に命を燃やしているんだい?」そう聞かれても答えようがない状態。このまま年老いていくにはちょっと寂しい生き方だ。
何かに命を燃やしていると、その行いは評価の対象になる。恋愛、仕事、勉強、スポーツ、趣味、・・・夢中になれるものは身の回りにいくらでもある。「あいつは馬鹿だ」という批判を受けることもあれば、「あいつは素敵だ」という賞賛を受けることもある。でも、やっている本人は必死になってがむしゃらにやるだけだ。評価は死んでから如何様にも付けてくれってもんだろう。
自分が何も真剣にやらなければ他人の評価はほとんどなく、他人に傷つけられることはほとんどない。しかし、小さな自分の世界はどんどん小さくなっていくばかりだ。最後は自分が生きていることさえ恐怖になってしまう。どんな生き方をしたって他人は面白半分、興味半分で話のネタにしているにすぎない。他人の評価などそんな安易なものでしかない。
僕はかっこいい生き方、他人の評価をすべて良くしたいなど糞くらえだと思っているので、自分の命を燃やせるものには燃やしつくしてやろうと思って毎日を過ごしている。とんだ誤解で非難中傷されることなど日常茶飯事で、いちいち、そんなことを是正する時間があれば、僕がやりたいことにまっしぐらに挑戦したい。やりたいことは山ほどあり、時間は僕を待ってくれない。
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